よむ、つかう、まなぶ。
参考資料2 白井参考人提出資料 (6 ページ)
出典
公開元URL | https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_44713.html |
出典情報 | 妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会(第5回 11/13)《厚生労働省》 |
ページ画像
ダウンロードした画像を利用する際は「出典情報」を明記してください。
低解像度画像をダウンロード
プレーンテキスト
資料テキストはコンピュータによる自動処理で生成されており、完全に資料と一致しない場合があります。
テキストをコピーしてご利用いただく際は資料と付け合わせてご確認ください。
6
自宅出産をして初めてわかったこと
みんなで迎えた自宅出産。家族みんな自分がどうやって生まれてきたか五感で知ることができる経験は貴重で
す。妊娠前から妊娠中自分のあり方と向き合った先にあるお産。本能おむき出しでも唯一受容される気がします。
自分の性を大切に扱われた経験はずっと続く。魂も癒やされます。安心できる人、安心できる場所での出産は幸
せです。
妊娠出産のときはどうしたって恥ずかしく辛い目にあうし、痛みを伴う検査をされる。それが当たり前、そういう
ものなのだと思っていたのが、自宅出産でいい意味でくつがえさざれた。病院で嫌だな辛いなと感じていた類の
ことは一切なし。 必要だから仕方ないんだと我慢していた「機械で開脚される内診」も、お腹丸出しで放置される
待ち時間もない。 自宅での助産師さんによる健診ではおなかをやさしく触れて、腰が痛いというと、ツボを教え
てくれ、マッサージしてぐれる。「お腹が少し張りやすいみたいです」と心配事を伝えると(病院ではこれが上手く
伝えられなかった)、しばらく家にいてお腹が張る様子を一緒に確かめてくれて、「これぐらいなら大丈夫」と言っ
てくれたとさきの安心感 ! 食事のアドバイスも的確で、たくさん歩いてねとハッパかけてくれ、元気な妊婦でいら
れるように導いてくれた。 いよいよ出産のそのときには、余計な手出しをせず、どう動いてもいい、どの場所で
産んでもいい、と最大限にわたしのしたいようにさせてくれ、夫が私の介助者となるように配慮してくれた。主
役はわたし、そして夫。助産師さんは影の役に徹してくれた感じ。そして、ついに生まれる ! というその時にバッ
と部屋の隅から立ち上がり、 会陰保護をしてくれたのは神業だと思った。部屋の電気をあえてつけず、薄暗くし
てくれた配慮、生まれたあともしばらくへその緒をつないだままにして、血液の流れの頃合いをみて切るという
ゆっくりとした時間の流れも、赤ちゃんと自分に終始やさしく穏やかだった。糧々と明るい蛍光灯の下で、すぐさ
まへその緒を切る、見を吸引する、一瞬抱っこさせてもらったらすぐ身体を洗う、などあわただしく和器具がガチャ
ガチャしている病院の出産シーンとは全く別もの。こんなにも静かに神秘的な時間を赤ちゃんと過ごせるのだ…
と感動した。産後、生日通っつてさてくれ、おっぱいのケアはもちろん、手作りの酵素玄米おにざりを何個も持って
さきてくれたこともありがたかった。 年齢が若ければあと 3 人でも 4 人でも産みたいと思ったほどだった。
一人の人間として扱つてもらえた
妊婦健診では助産師さんが家庭の事情なども聞いてくれた。出産時には腰をさすってくれた。 生まれてきた赤
ちゃんに話しかけてくれた。 患者さんではなく一人の人間として扱ってくれること、とても大事だと思いました。
病院の方にとっては、妊婦さんや赤ちゃんの姿は見慣れたものかと思いますが、和妊婦さんにとっては人生で一度
の経験だったり、何度も経験できるわけではない、いのちをかけているということを忘れてはいけないと思いま
した。
人寺しかったこと
初めての陣痛中、他のお産も重なったようで、助産師さんは本当に近くにいてくれなかつた。さみしかつた。怖か
つた。これで良いのか分からなかった。また、目分の心の準備も十分でなかったように思う。
経産婦だから入院中に休んだ方がいいと赤ちゃんを預かることを何度も言われ、赤ちゃんと一緒にいたかった
けど預かってもらうことにしたが、一緒にいることがそんなにダメなのかと悲しかった。
最初の皿急事態宣言が出された時だったので、付さき添い面会などが不可にされてしまい悲しかったです。 お産
の時は初めて見る女性の医師が診てくださったのですが、ものの言い方がきつく、誰も立ち会いなどがいない
からかな?なんて考えていました。子宮口全開になった時も誰にも気づいてもらえず耐えていたら、あら ? ! も
う全開じゃない ! ちょっと待つて ! と言われ、それから分學台を開脚する形に変えて即産まれました。 会際切開
自宅出産をして初めてわかったこと
みんなで迎えた自宅出産。家族みんな自分がどうやって生まれてきたか五感で知ることができる経験は貴重で
す。妊娠前から妊娠中自分のあり方と向き合った先にあるお産。本能おむき出しでも唯一受容される気がします。
自分の性を大切に扱われた経験はずっと続く。魂も癒やされます。安心できる人、安心できる場所での出産は幸
せです。
妊娠出産のときはどうしたって恥ずかしく辛い目にあうし、痛みを伴う検査をされる。それが当たり前、そういう
ものなのだと思っていたのが、自宅出産でいい意味でくつがえさざれた。病院で嫌だな辛いなと感じていた類の
ことは一切なし。 必要だから仕方ないんだと我慢していた「機械で開脚される内診」も、お腹丸出しで放置される
待ち時間もない。 自宅での助産師さんによる健診ではおなかをやさしく触れて、腰が痛いというと、ツボを教え
てくれ、マッサージしてぐれる。「お腹が少し張りやすいみたいです」と心配事を伝えると(病院ではこれが上手く
伝えられなかった)、しばらく家にいてお腹が張る様子を一緒に確かめてくれて、「これぐらいなら大丈夫」と言っ
てくれたとさきの安心感 ! 食事のアドバイスも的確で、たくさん歩いてねとハッパかけてくれ、元気な妊婦でいら
れるように導いてくれた。 いよいよ出産のそのときには、余計な手出しをせず、どう動いてもいい、どの場所で
産んでもいい、と最大限にわたしのしたいようにさせてくれ、夫が私の介助者となるように配慮してくれた。主
役はわたし、そして夫。助産師さんは影の役に徹してくれた感じ。そして、ついに生まれる ! というその時にバッ
と部屋の隅から立ち上がり、 会陰保護をしてくれたのは神業だと思った。部屋の電気をあえてつけず、薄暗くし
てくれた配慮、生まれたあともしばらくへその緒をつないだままにして、血液の流れの頃合いをみて切るという
ゆっくりとした時間の流れも、赤ちゃんと自分に終始やさしく穏やかだった。糧々と明るい蛍光灯の下で、すぐさ
まへその緒を切る、見を吸引する、一瞬抱っこさせてもらったらすぐ身体を洗う、などあわただしく和器具がガチャ
ガチャしている病院の出産シーンとは全く別もの。こんなにも静かに神秘的な時間を赤ちゃんと過ごせるのだ…
と感動した。産後、生日通っつてさてくれ、おっぱいのケアはもちろん、手作りの酵素玄米おにざりを何個も持って
さきてくれたこともありがたかった。 年齢が若ければあと 3 人でも 4 人でも産みたいと思ったほどだった。
一人の人間として扱つてもらえた
妊婦健診では助産師さんが家庭の事情なども聞いてくれた。出産時には腰をさすってくれた。 生まれてきた赤
ちゃんに話しかけてくれた。 患者さんではなく一人の人間として扱ってくれること、とても大事だと思いました。
病院の方にとっては、妊婦さんや赤ちゃんの姿は見慣れたものかと思いますが、和妊婦さんにとっては人生で一度
の経験だったり、何度も経験できるわけではない、いのちをかけているということを忘れてはいけないと思いま
した。
人寺しかったこと
初めての陣痛中、他のお産も重なったようで、助産師さんは本当に近くにいてくれなかつた。さみしかつた。怖か
つた。これで良いのか分からなかった。また、目分の心の準備も十分でなかったように思う。
経産婦だから入院中に休んだ方がいいと赤ちゃんを預かることを何度も言われ、赤ちゃんと一緒にいたかった
けど預かってもらうことにしたが、一緒にいることがそんなにダメなのかと悲しかった。
最初の皿急事態宣言が出された時だったので、付さき添い面会などが不可にされてしまい悲しかったです。 お産
の時は初めて見る女性の医師が診てくださったのですが、ものの言い方がきつく、誰も立ち会いなどがいない
からかな?なんて考えていました。子宮口全開になった時も誰にも気づいてもらえず耐えていたら、あら ? ! も
う全開じゃない ! ちょっと待つて ! と言われ、それから分學台を開脚する形に変えて即産まれました。 会際切開