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医療政策会議報告書 (18 ページ)
出典
公開元URL | https://www.med.or.jp/nichiionline/article/010622.html |
出典情報 | 医療政策会議報告書 公表(4/20)《日本医師会》 |
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第2章
最近の社会情勢と医療政策の課題
村上 正泰(山形大学大学院医学系研究科医療政策学講座教授)
医療が国内需要を構成する重要な分野であり、地域にお
はじめに
いて雇用を創出する重要な受け皿でもあることを無視
「社会保障」
(social security)はしばしば「社会が個々
し、医療費を単なる負担としてしか捉えない一面的な議
の人々の暮らしを保障する」という意味合いで捉えられ
論が以前から流布されてきた。コロナ禍においても、高
るが、
「国家安全保障」
(national security)が「国家の安
齢者と若者、医療と経済を対立軸で語る議論が見られた。
全を他国やテロリストなど外部の脅威から守る」もので
しかし、高齢者と若者にせよ、医療と経済にせよ、それ
あるのと同様に、社会保障にも、それによって「社会全
ぞれが別々に独立して存在しているのではなく、社会の
体の安定性を守る」という側面がある。それでは、今日、
中で複雑につながり合っているのである。分断化した社
社会の安定性を揺るがしている脅威は何かと言えば、社
会では、そうしたつながりを無視した乱暴な政策が提案
会における「分断」の深刻化と自然災害、感染症などの
され、分断をますます加速し、社会が不安定化するとい
相次ぐ「危機」であり、これらによって社会の脆弱性が
う悪循環に陥る。
増大している状況への対応が求められるようになってい
内部が不安定な社会は、外部からのショックにも脆弱
る。本稿では、こうした時代状況の変化も踏まえながら、
である。それはコロナ禍でも浮き彫りになったと言える。
医療政策における課題を検討する。
分断によって社会の脆弱性が増している時代であればこ
そ、岸田首相の掲げる「新自由主義からの転換」は時宜
深刻化する社会の分断と不安定性
にかなった方針であり、そのためには社会保障の重要性
分断の深刻化は、わが国のみならず、世界共通の社会
は必然的に高まる。しかし、同時に、社会保障は人々の
状況となっているが、さまざまな分断線が幾重にも重な
支え合いを制度化したものであり、それが機能するため
り合いながら、社会を蝕んでいる。その背景としては、
には基盤として人々の間の連帯感がなければならない。
1990 年代以降のグローバリゼーションの下、自由な資本
自らの損得勘定を超えて負担を分かち合い、社会全体で
移動による飽くなき利潤追求と、国境を越えて多層的に
支え合っていく連帯感を強化していくことが不可欠なの
形成される製造ネットワークを通じた生産の効率性向上
である。それは国民の意識にも深く関わるため、分断化
が志向され、新自由主義的な政策が進められてきたこと
した社会ならではの困難にも直面するが、格差を助長す
が挙げられる。その結果、労働の不安定化や経済的格差
るのではなく、さまざまな分断の隙間を埋め合わせてい
の拡大をもたらし、社会不安が広がることになった。
く丁寧な姿勢が政策全般に求められる。
同時に、社会の「つながり」を軽視し、個別の損得勘
多様な働き方と社会保障制度
定を優先する風潮も生み出されてきた。このため、社会
の内部で対立が煽られ、深刻化してしまう。例えば、社
こうした観点から医療保険制度を見ると、保険料負担
会保障に関しても、家族による私的扶養の負担を社会化
の格差が生じており、勤務先や雇用形態の違いに中立的
し、代替している側面を無視し、高齢者が「得」をし、
になっていないことを問題点として指摘することができ
若者が「損」をしていると「世代間格差」を殊更に強調
る。
した言説が後を絶たない。
医療と経済の関係についても、
非正規雇用者について、段階的な社会保険の適用拡大
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最近の社会情勢と医療政策の課題
村上 正泰(山形大学大学院医学系研究科医療政策学講座教授)
医療が国内需要を構成する重要な分野であり、地域にお
はじめに
いて雇用を創出する重要な受け皿でもあることを無視
「社会保障」
(social security)はしばしば「社会が個々
し、医療費を単なる負担としてしか捉えない一面的な議
の人々の暮らしを保障する」という意味合いで捉えられ
論が以前から流布されてきた。コロナ禍においても、高
るが、
「国家安全保障」
(national security)が「国家の安
齢者と若者、医療と経済を対立軸で語る議論が見られた。
全を他国やテロリストなど外部の脅威から守る」もので
しかし、高齢者と若者にせよ、医療と経済にせよ、それ
あるのと同様に、社会保障にも、それによって「社会全
ぞれが別々に独立して存在しているのではなく、社会の
体の安定性を守る」という側面がある。それでは、今日、
中で複雑につながり合っているのである。分断化した社
社会の安定性を揺るがしている脅威は何かと言えば、社
会では、そうしたつながりを無視した乱暴な政策が提案
会における「分断」の深刻化と自然災害、感染症などの
され、分断をますます加速し、社会が不安定化するとい
相次ぐ「危機」であり、これらによって社会の脆弱性が
う悪循環に陥る。
増大している状況への対応が求められるようになってい
内部が不安定な社会は、外部からのショックにも脆弱
る。本稿では、こうした時代状況の変化も踏まえながら、
である。それはコロナ禍でも浮き彫りになったと言える。
医療政策における課題を検討する。
分断によって社会の脆弱性が増している時代であればこ
そ、岸田首相の掲げる「新自由主義からの転換」は時宜
深刻化する社会の分断と不安定性
にかなった方針であり、そのためには社会保障の重要性
分断の深刻化は、わが国のみならず、世界共通の社会
は必然的に高まる。しかし、同時に、社会保障は人々の
状況となっているが、さまざまな分断線が幾重にも重な
支え合いを制度化したものであり、それが機能するため
り合いながら、社会を蝕んでいる。その背景としては、
には基盤として人々の間の連帯感がなければならない。
1990 年代以降のグローバリゼーションの下、自由な資本
自らの損得勘定を超えて負担を分かち合い、社会全体で
移動による飽くなき利潤追求と、国境を越えて多層的に
支え合っていく連帯感を強化していくことが不可欠なの
形成される製造ネットワークを通じた生産の効率性向上
である。それは国民の意識にも深く関わるため、分断化
が志向され、新自由主義的な政策が進められてきたこと
した社会ならではの困難にも直面するが、格差を助長す
が挙げられる。その結果、労働の不安定化や経済的格差
るのではなく、さまざまな分断の隙間を埋め合わせてい
の拡大をもたらし、社会不安が広がることになった。
く丁寧な姿勢が政策全般に求められる。
同時に、社会の「つながり」を軽視し、個別の損得勘
多様な働き方と社会保障制度
定を優先する風潮も生み出されてきた。このため、社会
の内部で対立が煽られ、深刻化してしまう。例えば、社
こうした観点から医療保険制度を見ると、保険料負担
会保障に関しても、家族による私的扶養の負担を社会化
の格差が生じており、勤務先や雇用形態の違いに中立的
し、代替している側面を無視し、高齢者が「得」をし、
になっていないことを問題点として指摘することができ
若者が「損」をしていると「世代間格差」を殊更に強調
る。
した言説が後を絶たない。
医療と経済の関係についても、
非正規雇用者について、段階的な社会保険の適用拡大
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