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医療政策会議報告書 (20 ページ)
出典
公開元URL | https://www.med.or.jp/nichiionline/article/010622.html |
出典情報 | 医療政策会議報告書 公表(4/20)《日本医師会》 |
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第 2 章:最近の社会情勢と医療政策の課題
囲を縮小していけば、たとえすべての国民が公的医療保
の判断は難しい。例えば、感染症病床は 1994 年の約 1 万
険に加入しているとしても、国民の必要とする医療サー
床から 1,900 床弱まで減少していたが、それでも病床利
ビスをきちんと給付できなくなる。その結果、低所得者
用率は 3~4%程度しかなく、コロナ禍を経験する前とし
層の貧困化も社会問題となる中、所得などによって、必
ては、かなりの余裕があったと見ることもできなくはな
要な医療を利用できる患者と利用できない患者の間での
い。危機を想定した準備が不可欠なのは言を俟たず、一
分断を生み出してしまう危険性がある。国民皆保険は医
定の対処に有効だが、想定には限界がつきもので、想定
療保障だけの問題ではない。格差拡大によって社会の分
を超えた事態が生じるからこその危機なのである。
断が進めば、社会の安定性も維持できなくなる。国民生
したがって、危機への備えやゆとりが必要だとしても、
活を支える基盤として、
「必要かつ適切な医療は基本的に
それには限界がある以上、疾患の特性や事態の変化に応
保険診療により確保する」という国民皆保険の理念を今
じた臨機応変な対応も重要になってくる。その場合、平
後とも堅持していくことが求められる。
時にできないことを有事にできるはずがなく、平時から
の柔軟性や機動性が不可欠なのである。
相次ぐ危機と医療体制に求められる
余裕と柔軟性
例えば、この数年間、地域医療構想を通じて、医療ニー
ズに応じた病床数や病床機能の見直しが協議され、それ
社会の分断と並んで現代日本社会が直面しているの
と表裏一体の課題として「地域包括ケアシステム」の構
は、自然災害や感染症などの危機が日常化しているとい
築も目指されてきたが、これらは病床削減や医療費抑制
う事態である。よく知られているように、フランク・ナ
が本来の目的なのではなく、地域ごとに有効に機能する
イトは確率によって予測可能な「リスク」と区別して、
医療機関の役割分担と連携の体制を構築するためのもの
確率分布で測定できない事象を「不確実性」と呼んだ。
である。
危機とはまさに不確実性の中で発生する予測不可能な事
感染症であることや疾患の特性はあるものの、新型コ
態だが、今やそうした国家の「非常事態」
=
「例外状態」
ロナウイルス感染症の対応において求められた医療機関
(カール・シュミット)が「例外」としてあるのではな
の役割分担・連携の構図は、これまで議論されてきた医
く、例外が(
「偏在」ではなく)
「遍在」する時代になっ
療提供体制の姿とある意味で相似形だと言える。無症状
ている。社会保障制度は基本的に日常的なリスクに備え
や軽症の場合、自宅・宿泊療養で済むことも多いが、そ
たものであり、その中で医療体制も平時のニーズに対応
れらの患者の対応においては、病状急変などのリスクへ
するのを前提に組み立てられているが、医療本来の問題
の備えを含め、地域の中でかかりつけ医機能を担ってい
である感染症だけではなく、自然災害にせよ、さらには
る医療機関の協力が重要となる。また、退院基準を満た
最近では「台湾有事」などへの懸念が高まっているよう
した患者については、後方病院が転院を受け入れること
に、安全保障上の危機が発生した場合においても、医療
により、新型コロナウイルス感染症の治療に当たる病院
は人命を救う上で必然的に多くの危機に深く関わること
は病床を空けることが可能となる。すなわち、手持ちの
になる。危機が日常と隣り合わせになっている今日、医
限られたキャパシティの中で、医療資源を有効活用すべ
療には安全保障・危機管理の観点からの体制整備が不可
く振り分け、フェーズに応じた調整を柔軟に行いながら、
欠である。
対応する必要がある。平時から「地域完結型医療」が謳
当然のことながら、資源の制約がある以上、野放図に
われてきたが、有事においても、地域の中で役割分担に
ゆとりを持たせることは不可能ではあるが、効率性やコ
応じながら、それぞれの医療機関が「面として」対応す
スト削減という観点だけで医療現場を切り詰めている
ることが求められるのである。
と、外部からのショックに脆弱になり、必要な時に機能
このように考えてくると、危機に備えた余裕や柔軟性
できなくなる。
有事にも対応できるようにするためには、
を確保するためにも、それぞれの地域において役割分
平時からある程度は余裕を持たせた医療体制整備が必要
担・連携のあるべき姿を検討し、有効に機能する体制を
なのである。そのために必要な財源は適切に確保されな
構築しなければならないと言える。例えば、コロナ禍で
ければならない。
は重症患者の対応体制が最大のネックとなったが、わが
他方で、どこまで事前にゆとりを持たせたら良いのか
国では診療密度の高い急性期病床が小規模に分散してい
16
囲を縮小していけば、たとえすべての国民が公的医療保
の判断は難しい。例えば、感染症病床は 1994 年の約 1 万
険に加入しているとしても、国民の必要とする医療サー
床から 1,900 床弱まで減少していたが、それでも病床利
ビスをきちんと給付できなくなる。その結果、低所得者
用率は 3~4%程度しかなく、コロナ禍を経験する前とし
層の貧困化も社会問題となる中、所得などによって、必
ては、かなりの余裕があったと見ることもできなくはな
要な医療を利用できる患者と利用できない患者の間での
い。危機を想定した準備が不可欠なのは言を俟たず、一
分断を生み出してしまう危険性がある。国民皆保険は医
定の対処に有効だが、想定には限界がつきもので、想定
療保障だけの問題ではない。格差拡大によって社会の分
を超えた事態が生じるからこその危機なのである。
断が進めば、社会の安定性も維持できなくなる。国民生
したがって、危機への備えやゆとりが必要だとしても、
活を支える基盤として、
「必要かつ適切な医療は基本的に
それには限界がある以上、疾患の特性や事態の変化に応
保険診療により確保する」という国民皆保険の理念を今
じた臨機応変な対応も重要になってくる。その場合、平
後とも堅持していくことが求められる。
時にできないことを有事にできるはずがなく、平時から
の柔軟性や機動性が不可欠なのである。
相次ぐ危機と医療体制に求められる
余裕と柔軟性
例えば、この数年間、地域医療構想を通じて、医療ニー
ズに応じた病床数や病床機能の見直しが協議され、それ
社会の分断と並んで現代日本社会が直面しているの
と表裏一体の課題として「地域包括ケアシステム」の構
は、自然災害や感染症などの危機が日常化しているとい
築も目指されてきたが、これらは病床削減や医療費抑制
う事態である。よく知られているように、フランク・ナ
が本来の目的なのではなく、地域ごとに有効に機能する
イトは確率によって予測可能な「リスク」と区別して、
医療機関の役割分担と連携の体制を構築するためのもの
確率分布で測定できない事象を「不確実性」と呼んだ。
である。
危機とはまさに不確実性の中で発生する予測不可能な事
感染症であることや疾患の特性はあるものの、新型コ
態だが、今やそうした国家の「非常事態」
=
「例外状態」
ロナウイルス感染症の対応において求められた医療機関
(カール・シュミット)が「例外」としてあるのではな
の役割分担・連携の構図は、これまで議論されてきた医
く、例外が(
「偏在」ではなく)
「遍在」する時代になっ
療提供体制の姿とある意味で相似形だと言える。無症状
ている。社会保障制度は基本的に日常的なリスクに備え
や軽症の場合、自宅・宿泊療養で済むことも多いが、そ
たものであり、その中で医療体制も平時のニーズに対応
れらの患者の対応においては、病状急変などのリスクへ
するのを前提に組み立てられているが、医療本来の問題
の備えを含め、地域の中でかかりつけ医機能を担ってい
である感染症だけではなく、自然災害にせよ、さらには
る医療機関の協力が重要となる。また、退院基準を満た
最近では「台湾有事」などへの懸念が高まっているよう
した患者については、後方病院が転院を受け入れること
に、安全保障上の危機が発生した場合においても、医療
により、新型コロナウイルス感染症の治療に当たる病院
は人命を救う上で必然的に多くの危機に深く関わること
は病床を空けることが可能となる。すなわち、手持ちの
になる。危機が日常と隣り合わせになっている今日、医
限られたキャパシティの中で、医療資源を有効活用すべ
療には安全保障・危機管理の観点からの体制整備が不可
く振り分け、フェーズに応じた調整を柔軟に行いながら、
欠である。
対応する必要がある。平時から「地域完結型医療」が謳
当然のことながら、資源の制約がある以上、野放図に
われてきたが、有事においても、地域の中で役割分担に
ゆとりを持たせることは不可能ではあるが、効率性やコ
応じながら、それぞれの医療機関が「面として」対応す
スト削減という観点だけで医療現場を切り詰めている
ることが求められるのである。
と、外部からのショックに脆弱になり、必要な時に機能
このように考えてくると、危機に備えた余裕や柔軟性
できなくなる。
有事にも対応できるようにするためには、
を確保するためにも、それぞれの地域において役割分
平時からある程度は余裕を持たせた医療体制整備が必要
担・連携のあるべき姿を検討し、有効に機能する体制を
なのである。そのために必要な財源は適切に確保されな
構築しなければならないと言える。例えば、コロナ禍で
ければならない。
は重症患者の対応体制が最大のネックとなったが、わが
他方で、どこまで事前にゆとりを持たせたら良いのか
国では診療密度の高い急性期病床が小規模に分散してい
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